“○岩倉参考人 私へのご質問は先ほど上野先生からご質問いただいたところと確かにオーバーラップしている部分があると思いますけれども、手短に申し上げますと、私どもの提唱しておりますネット権、ネット法の考え方、提言のもとでは、ネット権は決して独占権ではございません。したがって、従来のメディアにこれを持たせることで従来のメディアの権利を強化するとか、あるいは逆に、目的とは反対にネットの流通が促進されることにならないのではないかということはなくて、むしろこの「提言」の4ページに書いてあるのですけれども、ネット権者の範囲に関しては今後検討していくべきだと思います。記載が不十分だったのですが、むしろ収益の配分義務を実際に行うことができる、あるいは各コンテンツのカテゴリーにおいて、それぞれどういうような権利者が関係していて、だれに払わなければいけないのかというようなことをきちんと人を配置して、あるいは投資をして、そういうシステムを回すことができるのは、この3者がまず典型なのではないか。だれにでもネット権を与えると、逆に収益を必ず配分すると言っても、それは画餅に帰してしまうと思います。例えば放送コンテンツであれば放送事業者、音楽のコンテンツであればレコード製作社等であれば、既に一部、先ほどもお話がありましたとおり、実際になされている部分もあるわけでございますので、収益の配分義務の実現というのはこういう人たちこそできるのではないかということから、私どもはこのように提言しました。むしろ、これをできない人たちは、ネット権者から許諾権を受けて、ネット上の権利の利用・流通を行う立場に置けばいい。そのかわり、応諾義務というのは、それなりのきちんとしたアプリケーションがないといけないわけですから、必ずお金を払うのだとか、どういうものに使うのだとか、利用したものについて適切に情報を提供するというようなことを約束させればよいわけでございまして、そうすれば、権利者にも必ずお金がいくような回り方をするだろうと思うのです。したがって、従来のメディアだからどうこうというのではなくて、私どもが提言しているシステム、仕組みというのが実際回るためにはだれをネット権者と呼んだらいいのかという観点から私どもは機能的にアプローチしたつもりでございます。”
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/digital/dai4/4gijiroku.html
どうも「決して独占権ではございません」という辺りが理解できない。単純に応諾義務があるから「独占」ではないとしてるようにも捉えられたり。ただ先の発言では例示されたのと違うプレイヤーでもネット権者になる可能性も示唆していたから、ますます理解しがたいという。
実際の所、「誤解」を連発しているけど理解させるだけの内容まで詰めていないのではないかと。だから憶測が憶測を呼んで警戒されることになる。そもそも言葉の選び方自体がアレな気もするし。まず解きほぐすのはそこからじゃないかな。
仮に「ネット権」とか「許諾権」とかそういう言葉を独自に使ったとしてもだ、少なくとも著作権法での文脈で理解されてしまうのを避けられない以上は、その違いについてはっきりさせておくべきかと思う。
その先にも疑問は山積みなんだ。やはり一つのコンテンツに「ネット権者」が複数存在し得るのかということ。それとも「ネット権者」はそれぞれ1人であって、あとは(応諾義務のもとで)許諾を受けて販売する(その意味ではコンテンツは独占されない)ということなのか。どちらにも振れそうに見えてしまう、現段階では。
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